2020.05.13
春の耳の記憶
はじめに、新型コロナウイルス感染症に罹患された皆様、および関係者の皆様にお見舞い申し上げます。
また、医療従事者をはじめ最前線でご尽力されている皆様に、深謝いたします。
目に見えない強い不安と爽やかな初夏の光が入り混じり、ふとそれらの見分けがつかなくなるような奇妙な日々が続いていますが、事態の一日も早い終息を願うとともに、皆様におかれましてはご自愛専一のほど、心よりお祈り申し上げます。
わたしの近況を少しお話させていただくと、本当なら、このたび英訳が刊行された
「Breasts and Eggs」にまつわるあれこれでアメリカにいる予定だったのですが、すべて来年に持ち越しとなってしまいました。
アメリカで参加するはずだったフェスティバルのひとつ「PEN World Voices Festival」。
こちらは世界中から作家が集まるアメリカ最大の文学祭で、わたしも招待していただき、対談や朗読や懇親会などに参加する予定で素晴らしいポスターもできあがっていましたが、中止に。
しかしPENは、いくつかのイベントをオンラインに移行して開催しているほか、登壇を予定していた作家たちに、いま聴くべき音楽、聴いている音楽10曲をリストアップしてもらい、それをシェアするという企画を立ち上げました。
わたしのページはこちら。
そのリストのために書いた各曲へのコメントの原文をこのブログに掲載しておきます。
Spotify、Youtube、どちらでもクリックひとつで再生できますので、お楽しみいただけたら幸いです。
ボンジョビと盆踊り、“BON”で踏めて嬉しいです!“みんなでボンジョビ動画”、何回もみてまう。
またインスタグラムやツイッターでも告知など日々の更新をつづけていますので、よかったら見にきてね。
春の耳の記憶の“耳”、梯子みたいで登るもよし、降りるもよし。
JUST PRESS PLAY WITH MIEKO KAWAKAMI
このような危機のとき「今、聴くべき音楽」や「こんな時こそ聴いてほしい音楽」を選ぶのは難しい。歌詞の内容やテーマで選んでも日本語を共有してもらうのは困難だし、何より私自身が「非常事態的にコレクトな曲」を教えてもらうより、「今、それぞれが理由もなくリアルに聴いている曲」を知りたいような気持ちにもなったから。なので今回は3月から4月にかけて、私が家事や執筆をし、少しもじっとしていられない7歳の息子と生活する中で聴いていた曲を、そのまま紹介します。2020年のこのとんでもない春に、日本の一小説家は東京の自宅でこんな音楽を聴いていたという単なる記録にしかならないけれど、何かを共有してもらえれば嬉しい。いくつかの曲にコメントをつけます。そして最初に申し上げたいのは、現在わたしが自宅に待機し、このように原稿を書くことができるのは、危険に身をさらしながら最前線で働き続けてくれている方々のおかげである。またSNSや報道を通じて、ニューヨーク、ロンバルディア、マドリード、そのほか壮絶な危機にある現場から数え切れないほどの警告と助言を受け取り、日本に意識の変化をもたらしてくれた。すべての現場にいるみなさんに心の底からの敬意と感謝を表したい。 3月は Andras SchiffのBeethovenのピアノソナタ30・31・32番をひたすら聴いていた。そこではすべてが完全で透明でありながら完全にカラフルであるという不思議な状態が起きる。人間存在をがんがんに揺さぶるBeethovenがAndras Schiffの音色を帯びることによって離陸し、形而上でも形而下でもない──まるでカントとニーチェのあいだのような特殊な場所に連れ出してくれる。彼の演奏はそれが善きものであれそうでないものであれ、人類と未知のものの関係を想起させる特別なものだ。 The Beatles「Abbey Road」。デモ音源や未収録テイクが嬉しい。十代の頃ブートレグ屋でレア音源やVHSを朝から晩まで掘っていたのが懐かしい。 Cyndi Lauper「Unconditional Love」。素晴らしいアーティストは無数にいるが、傷ついた人を鼓舞するでも同情するでもなく、ただ抱きしめてくれるのは彼女なんだといつも思ってる。 Lana Del Reyの「Love Song」。この濃厚な一曲は、女性をエンパワメントする正しい楽曲があふれる中で異様な強さを放つ。一周して、まるでステレオタイプの異性愛こそが最もラディカルで批評的であるのだと言わんばかりの強烈な実存がある。 4月に小説が英訳されたその本の執筆中も今も、窓から淋しくて美しい夕焼けが見えると必ずFeist「Now At Last」を聴く。 TOM☆CAT「TOUGH BOY」。核戦争後の人類のサバイブを描いたアニメの主題歌で、80年代に一世風靡した。頭の中で「Tough Girl」に置き換えて歌ってる子どもの頃から変わらない最高のアンセム。 ZOO「Choo Choo TRAIN」は91年に日本中が熱狂した曲で、当時も今も死ぬほどダサいと思っていたし耳を塞いで生きてきた。なのに30年後の今、自粛生活も長くなりすべてが限界に達した息子がいきなり、サビの部分を発作的に歌いながら踊りだしたのだ。驚愕した。念入りに、慎重に避けていたのに一体どこで感染したのか。オリジナルを聴かせてくれとせがまれて渋々アレクサに頼んで流してみると、もっと驚くべきことに、なぜか自然に体が動いて気分も明るくハッピーになってしまったのである!死ぬほどダサいと思っていたこの曲になぜ。そういえばアメリカでは日本のシティポップが爆発的に人気中らしくて何でかなと思っていたけど、ひょっとしてこういう軽快さと関係ある?
アンドラーシュ・シフ アンドラーシュ・シフ ザ・ビートルズ シンディ・ローパー ファイスト ディアンジェロ ビリー・マーティン ラナ・デル・レイ TOM☆CAT ZOO
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